2011年8月27日土曜日

20世紀型マーケティングから脱却せよ フェイスブックでもツイッターでもないコミュニティ・マーケティング

川嶋 次のメディアはそれだと思います。僕たちのような記者は、世の中はこうあるべきだ、こういう方向にもっていかなければならないと書くとき、事実をもって語る必要があります。その事実は、近所の誰某がこんなことをしたというような小さなことでいい。だれかの声に事実がついてきて、それがすごい説得力を持つというのが、ネットメディアの本来の姿だと思います。

武田 マスメディアとソーシャルメディアの間には、近親憎悪みたいなものがあると思うんです。言論のツールがどちらもテキストですから。でもオーソライズの文章と生の声って、全然別なものなんです。お互いを補完し合うメディアができたらウケるでしょう。

川嶋 そう。市民参加型でね。僕らはオーソライズする存在として、生の声をいかに公平に伝えるかを問われる。

武田 メディア論のマーシャル・マクルーハンは、「新しいメディアが本来の価値を見つけたとき、旧来のメディアも同じく自分たちの特徴を再確認する」と言いました。例えば写真は絵画から記録する機能を奪った。しかし、その後、絵画にはシュールレアリズムやキュービズムという新しい表現が生まれ、作家の内面世界を描くようになった。

 同じようにネットが細分化された意見を顕在化させるという本来の特徴を見出したとき、旧来のメディアは自らの特徴、すなわちオーソライズの機能を再認識するということでしょう。言論の魂は死にません。

川嶋 そのへん出版社はすごく古い世界で、なかなか変わろうとしない。出版業界の人に言われるのは、ネットメディアなんて儲からないでしょう・・・くらいのことです。

武田 そういう人にこそ「ソーシャルメディア進化論」を読んでもらいたいですね。

20世紀型マーケティングから脱却せよ フェイスブックでもツイッターでもないコミュニティ・マーケティング